研究内容
萩原研究室では我々の社会を支える基盤的材料から,次世代高温耐熱材料といった先進材料に至るまでの,各種(金属)構造材料の新規開発,特性向上・特性制御を目指した研究を行っています.
格子欠陥,結晶構造,相安定性,転位,組織形態といったナノ,メゾ,ミクロな視点から金属材料の力学・機能特性を捉える,すなわち"結晶構造・相安定性と力学特性,その他機能特性との相関を解明する"という視点から,研究に取り組んでいます.特にこの際,単結晶・方位制御結晶を利用した結晶方位制御,原子配列制御を含めた"マルチスケール組織制御"を実現することで,本質的・学問的観点から材料の特性を解明し制御 することを目指しています.さらにはその直接的な実用展開も視野に入れ研究を行っています.
我々の生活をより豊かにするために現代社会が求める多様なニーズ,過酷な要求に応え,かつ一方で同時に求められる,環境に配慮 した持続発展可能な社会実現のため,本研究室では軽量,高強度,高耐熱性,高耐食性,生体適合性といった,複数の機能 を同時に高度に併せ持つ,先進的・multi-functionalな「高機能性構造材料」,すなわち,構造材料としての優れた能力を保持しつつ,かつ同時に自身が新たな機能を発現する「Active structural material」の創製を目指し,日夜研究を行っています.
これまでに取り組んだテーマ,現在進めている主な研究テーマを以下に紹介します.
(研究内容の更なる詳細については,出版論文をご覧ください.)
*次世代超高強度軽量材料としてのMg/LPSO複相合金開発
*硬質層と軟質層を組み合わせた「ミルフィーユ構造」制御による新奇構造材料開発
*新規超高強度・高靭性・高延性鉄鋼材料開発(山陽特殊製鋼,小松製作所との共同研究)
*1400℃以上での安定使用を可能とする,次世代超高温構造材料開発
*金属積層造形の活用による革新的耐熱構造材料開発
*金属間化合物に着目した革新的生体内溶解性インプラント開発
*GCP化合物・SRO構造の積極利用による,Ni基超合金の塑性挙動・高温力学特性制御
次世代超高強度軽量材料としてのMg/LPSO複相合金開発
環境問題に対する関心の高まりから,構造材料として,従来の鉄鋼材料よりも著しく軽量でリサイクル性に優れるマグネシウム (Mg)合金の更なる用途拡大が注目されています.
このマグネシウム合金開発において特に近年,熊本大学 河村能人教授のグループにおいて,600MPaを超えるような著しい高強度を有するMg合金が見出され,自動車部材等としての実用化が産業界から非常に注目されています.本合金中には,長周期積層相(long-period stacking ordered phase: LPSO相)と呼ばれる,c軸方向に最密(0001)面が18層周期で積層する特異な構造を持つ相が存在することから,本相が強化機構に及ぼす寄与が非常に注目されています.
我々の研究室では,このLPSO相の特性を本質的観点から明らかにすべく,一方向性凝固結晶を育成することにより,LPSO相にて活動する変形モード,さらにその塑性挙動の温度,結晶方位依存性について,世界で初めて明らかにしました.このLPSO相は,複雑な結晶構造を有するものの,(0001)底面すべり,そして特有のdeformation kink band形成によりかなりの変形能を有するなど,極めて特異な挙動を示すことを明らかにしました.
現在さらに,熊本大学 河村研究室との共同研究により,このMg/LPSO複相合金の強化機構の解明を進め,力学特性,高温特性等の更なる向上を目指した新材料開発を進めています.さらに2011年度からは,このMg基LPSO相をはじめとする長周期構造相に着目した新材料の開発,その物性解明のための学理構築を目指す,科学研究費補助金 新学術領域研究「シンクロ型LPSO 構造の材料科学 -次世代軽量構造材料への革新的展開-」が,国内十数の大学,研究所との連携による5年間のプロジェクトとして立ち上がっており,現在学問的,実用的両観点から,着々と研究が進んでいます.
硬質層と軟質層を組み合わせた「ミルフィーユ構造」制御による新奇構造材料開発
上述のLPSO相研究を通じ我々は,ミクロスケールで原子同士が強く結合した硬質層と,比較的弱く結合した軟質層との積層構造を制御することで,LPSO相に限らず多種多様な別材料でも特異なキンク変形を誘導することができ,これにより新たな構造材料開発が可能になる可能性を提案しています.この新規材料を我々は洋菓子に例え「ミルフィーユ構造」と命名し,国内外数十か所との共同研究(新学術領域研究 ミルフィーユ構造の材料科学 - 新強化原理に基づく次世代構造材料の創製 – 代表:東京大学 阿部英司)を遂行しています.ミルフィーユ条件と銘打った,このミルフィーユ構造制御に基づくキンク帯形成挙動制御を介した新規高機能構造材料開発の一般側を導き出し,金属材料に限らず,セラミックス,高分子といった他材料との複合化をも含めた新材料創成を実現することを目指し検討を進めています.
新規超高強度・高靭性・高延性鉄鋼材料開発(山陽特殊製鋼,小松製作所との共同研究)
我々の社会に欠かすことのできない基盤材料である鉄鋼材料において,我々は山陽特殊製鋼,小松製作所,大阪大学の三者共同研究として,700Hv(約HRC60)という高硬度を保持しつつ,同時に100J/cm2以上の極めて高いシャルピー衝撃特性,5%以上の塑性伸びを有するような,従来にない超高強度・高靭性・高延性鉄鋼材料の開発を実現しました.現在このような著しく優れた力学特性の発現メカニズムについて解明するとともに,その実用化に向けた開発研究を進めています.本材料の社会普及により,部品の小型軽量化・長寿命化が実現されることでライフサイクルアセスメントが飛躍的に改善し,これにより省エネ・CO2排出量削減・環境改善に大きく寄与することは疑いありません.日本の社会,経済発展に一日でも早く貢献すべく,本材料の研究開発を加速度的に進めています.
1400℃以上での安定使用を可能とする,次世代超高温構造材料開発
近年のエネルギー問題の解決,地球温暖化防止を目指した低炭素社会実現のため,発電所等でのタービンブレード等に適応可能な材料として,現状のNi基超合金を超える,より高温(1400℃以上)での使用に耐え得る”超”高温構造材料の開発が求められています.
我々はその実現に向け,2000℃を超える高融点,軽量,高強度,耐酸化性に優れる遷移金属シリサイドに着目した超耐熱高温構造材料の開発を進めています.この中で特に,マテリアル生産科学専攻 中野貴由先生と近年共同開発したC40/C11b複相シリサイドにおいて,シリサイド合金の弱点である高温クリープ強度,低温靱性の改善を実現され得る可能性が見出され,大きな注目を集めています.現在本合金の実用化に向けた更なる特性向上(力学特性向上,組織熱的安定性向上)を実現すべく,鋭意研究を進めています.
本研究に関しましては,先日CrIr共添加による「格子ラメラ組織」の発達による更なる高機能化が達成され,論文発表ならびにプレスリリースがなされました.
プレスリリースの詳細に関しましては,以下をご覧ください.
http://www.eng.osaka-u.ac.jp/ja/dat/news/1498104947_1.pdf
金属積層造形の活用による革新的耐熱構造材料開発
上述のシリサイド合金をはじめ,次世代超高温耐熱材料として期待される材料群は,一般に加工性が低く複雑形状が作り込めないことが実用化のための大きなボトルネックとなっています.この問題解決のため,マテリアル生産科学専攻 中野研究室,大阪大学異方性カスタム設計・AM研究開発センターとの共同研究として,これら難可能性材料の三次元積層造形を実現すべく検討を進めています. 三次元複雑形状のみならず,同時に原子配列(集合組織)制御を達成する方策を明らかにすべく,研究開発を行っています.下記に示すように超高温耐熱材料の母相として期待されるMoSi2等にて,既に世界に先駆けた積層造形に成功しており,現在特性向上に向け,更なる検討を進めています.
造形基板,造形プロセス条件の最適化による,世界初のMoSi2の積層造形
(K. Hagihara, T.Nakano, T. Ishimoto et al., Journal of Alloys and Compounds, 696 (2017) pp.67-72.)
金属間化合物に着目した革新的生体内溶解性インプラント開発
高齢化社会の急速な進展により,医療,生体分野における技術革新がこれまで以上に強く求められています.材料分野でいえば,例えばTi,CoCr等,生体内に埋入することで適切な力学機能を発揮する金属インプラント材料の更なる改良が求められています.
その一方で近年,ステント,骨代替インプラントなどへの利用を目指し,インプラント後摘出再手術の必要性がない,画期的な機能を持つ「生体内溶解性構造材料」の開発が強く望まれています.Mg合金が一つの候補材であり高い注目を集めていますが,溶解速度の制御等,問題が多く未だ実用化に至っていません.そこで我々は発想を転換し,金属材料の持つ高い力学的信頼性を担保しつつ,同時に自己溶解能を制御し,かつ骨伝導等の向上といった多機能性を同時に具備した革新的金属インプラントの開発を異種原子が規則配列した「金属間化合物」を用いることにより実現する,という新しいコンセプトを立ち上げ,現在,大阪大学 中野研究室 中野貴由先生との共同研究として研究を進めています.またさらに,Mg単結晶をモデル材料として用いることで,結晶方位の制御による溶解挙動制御にも取り組んでおり,様々な観点から「原子配列制御による溶解挙動制御」実現の可能性を探索しています.
GCP化合物・SRO構造の積極利用による,Ni基超合金の塑性挙動・高温力学特性制御
飛行機のタービンブレード等,高温構造材料として広く利用されるNi基超合金には,Ni3X 組成を有する金属間化合物が強化相として用いられている.このNi3X型化合物には,主要な L12型Ni3Al以外にも,D0a型Ni3Nb,D024型Ni3Ti,D019型Ni3Sn,D022型 Ni3V といった,様々な構造を有する化合物が存在します.一見するとこれらは,互いに全く異なる結晶構造のように見えるものの,実はいずれも,面心 立方晶(fcc)の{111}面に対応する共通の最密面を有し互いに関連する,最密充填構造(GCP構造)と呼ばれる構造を有しています.
我々はこの点に着目し,各化合物の単結晶を作製することで,温度の上昇に伴い降伏応力が増大するという,特異な「異常強化現象」が,各化合物に共通して発現することを世界で初めて見出しました.この「特異な塑性挙動と結晶構造との相関」について,より系統的な解明を実現すべく,現在更に研究を進めています.
また一方,例えば原子力発電所にて使用される 超高温反応炉(VHTR)等では,Ni基超合金として,耐腐食性向上の観点から,上述のNi基化合物を含まないようなNi固溶体(不規則γ相)の使用が望まれているものもあります.この合金の強化機構として,Ni以外の構成元素(Cr, W等)が第1近接,第2近接といった短範囲のみで規則化した,いわゆる短範囲規則構造(short range order: SRO)が寄与する可能性を我々は見出しました.現在SROの構造制御による高温高強化という新たなアプローチの可能性について検討を進めており,添加元素種に依存したクラスター構造と塑性挙動との相関について,前述のNi3X型化合物における結晶相安定性の観点等に着目しつつ,考察を進めています.